酸素自転車

サンソジテンシャ

今思うと不思議だった。何か予感を感じた瞬間が過去にあった。最後に会ったときのことを思い出してみる。季節はいつだったろうか?雪がなかったし暑くもなかったから初夏か秋だったと思う。

おみやげを詰め込んだリュックを背負い、駅に向かうバスを待っているとなんと父が自転車に乗って現れた。先ほど玄関で「元気でな」とあいさつを交わしたばかりなのに。バツが悪いのか父は顔を合わさない。停留所の近くを行ったり来たりしている。

自転車の前のかごには外出用の小型酸素ボンベが積んである。そこからチューブで酸素を吸っているのだ。父は何も言わない。私はいたたまれなくなって、早くこの場から離れたかった。          早くバスが来てほしかった。やがてバスが来た。

扉が開いたときに父を見た。だけど父は目を合わせなかった。やがてバスが走りだした。席に座り振り返ると、父は全速力で自転車をこいで追いかけて来た。かごの中で酸素ボンベが飛びはねていた。父が手を振っていたかどうかは覚えていない。

父は泣いていたのかもしれない。

別れがとてもつらかったのだろうと今になって気づいた。バスに引き離されてやがてこぐのをあきらめた父。疲れたのか両足をペダルからはずして広げていた。その顔の表情はあざやかに目に焼き付いている。あきらめと残念と不安の表情だった。父にひどいことをしたのだと今になって思う。

その時何かを予感した。

父は血圧が高かった。いつから降圧剤を飲んでいたのかはわからない。それにヘビースモーカーで肺気腫を発症していた。肺気腫をフォローしていくうちにレントゲン検査で偶然胸部大動脈瘤が見つかったのだ。肺気腫が見つかったのも偶然だった。何歳の誕生日だったろうか?ケーキのろうそくが何度吹いても消せないのだ。あれにはみんなびっくりした。 「どうしちゃたの?おとうさん」母の声をまだ覚えている。

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