強烈な戻る波の力が全身にかかり沖へと引っ張った。どんなに強く両手で岩をつかんでいても、足を岩にかけていてもダメだった。年金生活者は持ちこたえられなかった。「大波にさらわれる!」まさに現実となった。魔海に落ち、沖へと引っ張られた。両手、両足何もつかまるものがない。必死でもがいた。
泳いでも、泳いでも岸から遠ざかる。ここで沖に流されたら絶対に終わりだ。冷静になり次の大波が来るのを待った。来た。この大波に乗って無我夢中で全力で岸に向かって泳いだ。やっとのことで岩をつかんだ。ここまでが、どれだけ長かったことか。全身で岩場に乗り上げた。しかし油断は出来ない。この大波が沖へ引き返す時がいちばん怖い。まだ終わってはいないのだ。
年金生活者は岩に這いつくばり、体と岩の接地面積を大きくして摩擦抵抗を最大限にした。そして両手、両足を岩の割れ目にくい込ませ全力で握った。沖へと引っ張る猛烈な力が全身を襲う。まるで波は生き物のようだった。ものすごい力で私を引っ張る。この生き物のように襲いかかる波の怖さは、この時初めて知った経験だった。
耐えられるか。ダメか。もう耐えられないと思った瞬間、後方で波の炸裂する音が聞こえた。足もとから沖へ離れていく大波の音だったのだ。今しかない。次の大波が来る前に、全速力で岩場づたいにビーチまで走った。そして何とか年金生活者はプライベートビーチまでは、戻ることが出来たのである。
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