いくつもの垂直なほら穴が見える。みんなほら穴の底にいる。ほら穴の大きさは声の届く浅いものから、底の見えない深いものまである。深いほら穴だと底は見えないし、声も届かない。
ひとはふつう、見通しのきく小高い丘か平地にいる。とこらが、他人からの視線が気になったり、威嚇や攻撃を受けると、自分の周りに急に穴を掘り始める。ウクライナ戦線でロシア軍が必死になって掘っている塹壕と同じだ。自分の身を敵から守るためだ。そして自分が安全だと納得出来る深さまで掘ると、そっとその中に身を隠す。そう、殻に閉じこもるのだ。
ほら穴の中は安全で居心地がいい。しかし、外が見えず外界からの情報も入って来ない。孤立する。そして、ほら穴の中では、自分の考えた世界だけが広がってしまう。やがてその世界が全てとなり、その中だけで一生暮らしていく。掘った穴が深ければ深いほど、もう、一生ほら穴からぬけ出すことは出来ない。危険だ。
手の届く浅いほら穴に入っている者もいる。手の届く距離だったら、本人が拒まない限り、2~3人で引っ張りあげることも出来る。現実世界へだ。 でもそんなのはごく少数。みんな深い深いほら穴の底に暮らしている。中をのぞくには、ほら穴の淵に身を乗り出して底に眼を凝らせねばならない。相手と会話して表情を観察し、何を考えているのかを知るには、もっともっと身を乗り出さなければならない。手が滑ってほら穴に落ちてしまう危険だってある。ここが私の職場だ。
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