別室には別種類のホルマリン標本があった。見てはいけないものを見てしまった。胎児と言おうか嬰児と呼ぶのか、それからまだ小さな小さな妖精の標本もある。映画の話ではない。現実なのだ。身長が3㎝に満たないものから20㎝近くのものまである。大きいのはなんとも不気味で直視出来ない。帝王切開で死産を取り上げた時と同じ感覚だ。動かないし冷たいからずっしりと重い。
そこに一度会ったことのある小さな妖精の標本を見つけた。瘦せていてグリコのおまけのように小さいが、手や足がありもう眼もちゃんとある。小さな眼はまるでケーキに使うアラザンだ。身長は約3㎝にも満たない。人間の姿をした妖精だ。
あの時のままだ。また会うことが出来るとは思ってもみなかった。こんなにうれしいことはない。それは何ヶ月か前の緊急手術だった。母親は20歳前後。子宮外妊娠である。右卵管内に着床した。そのままでは卵管が破裂して母体の命にかかわる。緊急切開して卵管を開く。中にいた。アラザンの眼をもった小さな小さな妖精が。
その妖精をそっと生食ガーゼでくるもうとすると、かすかに動いた気がした。そしてアラザンの眼が私を見上げた。いや本当に動いたのだ。動いて当然だ。だって卵管内で今まで生きていたのだから。だからまだ生きているのだ。とっても可愛かった。週数からして法医学上はまだ生命体(胎児)としては扱われない。だから永遠にけがれなき妖精のままなのだ。
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