ウチュウジンの来訪

セイシンカ

彼の世界に入ると、地球人の言語は理解出来ない。そもそも、言語というもの自体存在しない。ただ口をパクパクさせているだけで、地球人同士コンタクトがとれるようだ。全く音声のない世界なので、テレパシーで会話しているとしか思えない。無音の世界なので、風の音も潮の音も小鳥のさえずりも車の騒音も無い。

重力こそあるが、彼にとってこの世界は宇宙にいるのと同じなのだ。だから彼は宇宙人なのだ。そして音声が聞こえない代わりに、彼は恐るべき別の能力を持っていた。その能力とは地球人の想像をはるかに超えたものだった。

夜9時半ごろ。アパートの玄関のチャイムが鳴った。妻が対応するが、慌てて戻って来た。「ニヤニヤした眼のつり上がった変質者が玄関にいる」と。出てみると、なんと保護室に収容されているはずの徳畑君ではないか。私の顔を見るなり、ピョンピョン飛び跳ねて喜んだ。久しぶりに仲間と再会出来てうれしいのである。私も徳畑君を安心させるために笑顔でピョンピョン飛び跳ねて見せた。

徳畑君の奇声もおさまった。私はピョンピョン飛び跳ねてはいたが、内心は恐怖でいっぱいだった。なぜ家がわかったのか?どうやって厳重な保護室からエスケープしたのか?妻が病棟に電話をかける。あっちも大騒ぎになっていた。「職員が急行するので、身を挺してでも確保しておくように」との婦長(当時の名称)命令だった。

仕方なく、私はまた飛び跳ね始めた。身を挺するとはこれしかない。でも徳畑君は今度は飛び跳ねない。顔つきも険しくなっている。困った。そうか。私は家の奥に隠れていた、妻と10歳の息子を連れだし、一緒に飛び跳ねさせた。すると徳畑君は笑顔にかわり、なんと飛び跳ねだした。家族全員に歓迎されていると思い、うれしかったのだろう。となりの家の人が窓の隙間からこっちを見ていた。

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