ファンタジーな世界

セイシンカ

たしか、セレネースアキネトンはセットで筋注されていたと思う。社会から隔離された、その非現実的で限りなくファンタジーな世界は、朝のラジオ体操第1から始まる。申し送り前だったのか、あとだったのか、はっきりとは記憶にない。でも深夜勤だけだったら人数が少なくて、エスケープされるから、やっぱりあとか。

施錠がはずされ、みんな庭に出て朝日を浴びる。嫌がる者はスタッフが連れ出す。これも治療だ。庭の四隅には柵を乗り越えることのないよう警備兵が見張る。そして曲が始まると思い思いの振り付けでラジオ体操を踊る。マニュアル通りに踊るのは、スタッフと収容者2~3人だけ。あとの者は、心に感じていることを、そのまま曲に合わせ踊りで表現する。心を垣間見ることの出来る貴重な一瞬だ。

飛び跳ねる者、走りだす者、ころがる者、バレエのように舞う者、衣服を脱ぎだす者、抱きつく者、大声で泣き出す者…  この3分の持ち時間は何をやっても自由だ。衣装やファッションもみな個性的。下着だけの若い女性もいる。裸足の者もいる。柵の中で繰り広げられる、なんという非現実的で、限りなくファンタジーな世界。

そして施錠され非現実的な日常が始まる。警備兵が入口に立ち、朝食のコンテナが運び込まれる。この収容所では共通の現実など存在しない。みなそれぞれ住む世界が違う。そしてその世界にそれぞれの現実が存在する。個性的ではなく病的だから仕方ない。何を考えているのかわからない世界が交錯する。それぞれの世界に入り込まないと会話が成立しない。私はこの非現実的で限りなくファンタジーな世界魅了されて行った。

コメント

タイトルとURLをコピーしました