年金生活者と低体温症

ブーツの中は一晩中海水が入ったままだ。チャポチャポ音がする。足先が冷たい。幸い、夜間大雨になることはなかった。いや実際は降っていたのかもしれないが、密林の中なので、しのげたのかもしれない。でも時々、ビタビタビタっと、大きな水の塊が落ちて来て全身が濡れた。そして川のような水の流れる音が近くで聞こえた。

朝方になると全身が寒くなって来た。体温が少しずつ奪われていたのだ。ウエットスーツを全部着る。腕も通す。それでも、つま先から、ふくらはぎにかけて冷たい。冷えて来ているのだ。私は下肢を動かしたり、つま先を左右に振ったりして冷たさをしのいだ。しかし冷たさは、ますますひどくなっていく。

ウエットスーツを着ていると呼吸がきつい。しかし保温のためには仕方ない。この厚手のウエットスーツが命をつないでくれたのだ。ただの水着や夏用の薄手セパレートのウエットスーツだったら、寒さに震えて朝までもたなかっただろう。7:00すっかり明るい。でも悪天候で小雨が降っている。漁船が通ったら、すぐに救助を求められるように、浜に出た。

すると奇跡が起きた。浜辺にラベルこそ剥がれているが、まだ栓の開いていない、水の入った500mlのペットボトルを見つけたのだ。昨夜はなかったから、夜中に流れ着いたのだろう。どこから流れ着いたのだろう。私のように全身傷だらけである。栓を開けておそるおそる飲んでみる。まさか、ここまで来て毒をしこんだりする人はいないだろう。しかし見た目、何カ月もたっているようなボトルだ。