年金生活者 大還暦へ

タビ

クスリ漬け年金生活者はついに平渓線十分駅にたどり着いた。あたり一面のどかな田舎である。ひと昔前の日本がそこにあった。単線が走る。その両脇に線路ぎりぎりまで商店がならぶ。ここはあの有名な天燈あげの名所である。列車はディーゼル(気動車)で電化されていない。だから架線がない。それで天燈が上がる。

列車が通り過ぎると、いくつもの天燈が線路上にならぶ。どの天燈も四面に願い事が書かれている。天燈が空高く舞い上がれば、願い事は叶うのである。クスリ漬け年金生活者には故郷に92歳になる母がいた。そこで天燈には「孝子120歳 大還暦まで元気で!」と書かれていた。果たして飛ぶのか?重すぎる願いで失速するのではないか。

発射係員点火した。天燈から手を離すとゆっくりと上昇し始める。なんとか手がとどくか、とどかないかくらいの高さまで上がったとき、案の定失速して横に流れ始めた。やはり願い事が重すぎたのか。となりで待機していた軌道修正係員が即座に対応した。ジャンプして天燈の底を手でたたきブースト圧を加え上昇させたのだ。見事に軌道修正成功した。

天燈はそのまま上昇気流に乗り、空高く舞い上がって見えなくなった。天に届いたのだ。願い事は叶えられた。これで孝子は120歳まで安泰だ。帰国してこのことを母に告げると、笑いながら怒り出した。「なんということをしてくれたの。そんなにまでもう生きたくないよ。私は早く死にたいよ。」  あと28年年金生活者として地球で暮らすのはもう飽きたのか。2051年の世界に想いを馳せた。

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