それは、もはや2年前と違った。ここ1年で急速に溶け出した。もう止まらない。今年の11月で海馬は94だ。いや歳のせいだけで、片付けてしまっていいものか。そんな単純な次元ではない。まず新しい記憶が全く根付かない。15分も経つ…と、例外なく忘れている。忘れたことにも気づかない。
日常生活を送るには致命的な欠損と言える。15分ごとに、同じことを聞いて来る。記憶が翔ぶ。短期記憶障害だ。もちろん、昨日の出来事は何があったか、もう思い出せない。遠い霧の彼方に、うっすらと見えるか見えないかくらいである。なのに、戦時中のことは昨日のことのように、活き活きと語る。
徒競走が高等女学校で一番速く、いつも先生から何かあると「佐藤さん」と指名されていたこと。満州からの引き上げ船で、台風のなか、なんとか舞鶴に到着出来たこと。戦後は食べるものがなくて、空の弁当箱を持って学校に行ったこと。そして昼食時間になると、食べているふりをして過ごしたこと。
悲しい思い出さえも、明るく語る。母の中で時間は逆流しているのだろうか。一日に何度も繰り返される問いに、最初は戸惑い、時に苛立ちもした。でも、今はその問いが母の“今”を生きている証だと思える。海馬が溶けて行く。それは悲しいけれど、どこか静かで穏やかな時間でもある。
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