溶けて行く海馬 2

オヤフコウ

昨日や、おとといの記憶がないことは、孤独感を一層深めてしまう。息子が面会に来たことを、覚えていないのだ。だから面会のたびに言う。「どうして、長い間来なかったの?寂しくて、もう一人死のうかと思って、泣いていたよ。」悲しいことに、昨日レストランに連れて行ったことも、思い出せないらしい。

あの時の、あの笑顔は何だったのか。「美味しかった。」と言っていたのに、もう忘れてしまったのか。何を食べたのかも覚えていないのか。付き添う者として、絶望感に暮れる。本人以上に悲しい。だから疲れる。何をやっても報われないのだ。こんなはずはない。去年までこんなことはなかったのに…  

自問自答しても、時は前に進むだけ。行く手の闇は次第に大きくなっていくばかり。決して逆戻りはしてくれない。でも、今の現実と寂しさは、本人を容赦なく真正面から襲う。この感覚だけは、いつまでも研ぎ澄まされていて、海馬の委縮に関係なく鋭い。いや、歳をとるごとに鋭敏にさえなっている。

母にとってはここが「終の住処」となってしまうだろう。母はその現実を受け入れながら、孤独や不安と闘っているのだ。記憶が薄れても、母の手のぬくもりや笑顔は変わらない。言葉にならない思いも、しっかりと目に宿っている。記憶は失っても、愛情は失われない。母は今日もまた、同じ質問を繰り返す。私はそのたびに、微笑んで答える。それが、母と私が紡ぐ、今だけの特別な時間だから。

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