どうも変だ。何かおかしい。皆がそう思い始めたころ、ある日彼のデスクに見知らぬ人が鎮座している。仕事はこなす。でも何も言わない。「整形したにしては、あまりにも変わり果てている。全くの別人ではないのか」皆で噂した。上司の着座位置なので、「あんた誰?」とは恐れ多く、誰も面と向かってたずねない。
あとでわかったことだが、補充要員として派遣会社から突然、派遣されたようである。詳しい事情は伏せられていたため、本人は何も話せないのである。ただ派遣会社なので、どのような人材も即座に準備出来るらしい。吟醸君に劣らないくらい優秀だった。しかし上層部は何か重大な事実を隠蔽しているぞ。皆気づいた。
「メンタル疾患」という言葉は今ではポピュラーに使われている。しかし100年前の昭和という太平洋戦争のあった時代には、ことごとく伏せられていた。精神科を受診したことさえも、絶対に口にしてはいけない禁句だった。一族から精神病が出たら絶対に表に出さず、死ぬまで隠し通す。
あらゆる精神病は遺伝するとされ、もし公になどなろうものなら、一族は結婚、就職など出来ず、やがて社会から抹消される。あの悪名高き、優生保護法が発令されていた時代だ。だから正式な病名も、上司からは皆には伝えられることはなかった。だから信頼できる情報筋から知り得るしかなかった。
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