092幽体と前庭小脳

ブレイキング

船は台風襲来前舞鶴に着こうと全速力を上げる。大波の音にかき消されながらも、低いエンジン音とかん高いスクリュー音が船内に響く。その音がピタリ止まることが何度かあった。船内で死亡者が出たのだ。すぐに腐敗が始まるので、白い布にくるみ海中へと投棄する。乗組員一礼する。そのためだ。もちろん毎回停船していたのでは船は進めない。

死亡者が何名が出た時点でまとめて海中投棄するのだ。停船命令海中投棄の命令も船長石丸寛治つらい仕事だった。引揚げ者配給された食料のほとんどはイワシの粉末を固めたものだった。しかもニオイがきつい。船酔いしていて吐きながら、このニオイでは食べられたものではない。しかし食べれない者は栄養失調が進み死んでいった。海のもくずとなった。イワシを食べて次はそのイワシのエサになる。厳しい食物連鎖生命リサイクルの現実だった。

老人たちは食べることが出来ずに、栄養失調持病体力が持たず息絶える者が多かった。しかしどういうわけか、2.3歳子供は以外にも元気だ。食欲旺盛である。なんせ子供船酔いしないのである。この時初めて知った。なぜだろうか? 0歳から3歳過ぎ位までは、前庭小脳発達が始まっておらず、外部からの刺激に対してあまり反応しないのである。だから092幽体も船酔いの記憶がないのは当然のことである。

船は大波の中、台風を避けるため危険な海域へと舳先を踏み入れていった。船長石丸寛治の顔はみるみる蒼ざめていく。ここは先日、ナモ103船団学童疎開船対馬丸米潜水艦ボーフィン号(USS Bowfin SS-287)魚雷にて撃沈された海域だ。1661名が海に投げ出され、たくさんの学童犠牲になった大惨事の海域である。その時も台風が接近しており海は荒れ狂っていた。対馬丸船長西沢武雄石丸寛治はなんと同期の友であったのだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました