舞鶴地方引揚援護局は待っていてはくれなかったのだ。やはり79年は長すぎたのか。聞くところによると、舞鶴地方引揚援護局は役目を果たし終え、なんと65年前に閉局したとのこと。そして現在は舞鶴引揚記念館がその役目を担っているらしい。同じ東舞鶴にあった。
それは引揚桟橋から大ベニヤ工場群を右に迂回して、高台に登った国道沿いにあった。舞鶴湾を一望に見渡せる。舞鶴引揚記念館は広大な敷地にあり、引揚に関するすべてのデータや資料を保存していて、一部を展示している。入港したすべての引揚船の模型も展示してある。
船名と日付がわかれば、乗船名簿から母を探し出すことは可能だ。またシベリア抑留体験も出来るように工夫されている。ラーゲリの小屋が実際に作ってあり、中に入り生活してみることが出来る。窓の外はマイナス40℃の世界。雪が凍り付いている。一日350gの黒パン。
入り口にはシャベルや丸太が置いてあり、実際に担いで作業してみることも出来る。さすがに、丸太は一人では持ち上げられない。二人でロープで担いだみたいだ。思い出したくもないが、ラーゲリでは東京ダモイを夢見て、極寒の地で果てて行く者も後を絶たなかった。
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