1945

再会の街 舞鶴

舞鶴地方引揚援護局の当時の係官に話を聞くことが出来た。船名と上陸の日付がわかれば、厚生労働省に問い合わせて乗船名簿を確認できるとのこと。それに入国持ちこみ品も記載されているから、なくした行李の手がかりになるかもしれない。そう教えてくれた。そ...
1945

舞鶴地方引揚援護局

舞鶴地方引揚援護局は待っていてはくれなかったのだ。やはり79年は長すぎたのか。聞くところによると、舞鶴地方引揚援護局は役目を果たし終え、なんと65年前に閉局したとのこと。そして現在は舞鶴引揚記念館がその役目を担っているらしい。同じ東舞鶴にあ...
1945

岸壁の年金生活者 4

それで母92の命(めい)はどうなったのか。ふと我にかえった。そのために来たのではないか。行李をみやげに持って帰らねば。だが、振り返ると桟橋一面、人人人の波。沖の引揚船から小型船が次々と往復する。小さな桟橋は人人人であふれかえり、海に落ちる者...
1945

岸壁の年金生活者 3

ひっきりなしに、丸太を満載した大型トレーラーが何台も横をかすめていく。なんと舞鶴地方引揚援護局のあった敷地は、ベニヤの大工場と化しているではないか。跡形もない。工場からは白煙があがり、あたり一帯かぐわしい木の匂いが漂っている。その先だ。50...
1945

岸壁の年金生活者 2

高速バスは舞鶴若狭自動車道を降り、やがて舞鶴市内に入る。あたりには夕闇がせまっていた。東舞鶴に近づくと赤レンガ倉庫群が現れる。港にはいくつもの自衛隊の艦船が、ところ狭しと停泊している。かつては軍港だったのだ。しばらく走ると道幅が急に狭くなる...
1945

岸壁の年金生活者 1

春爛漫の伊丹空港には昼過ぎに到着した。ジェット気流に乗り、空中にはスギ花粉が飛び交う。桜も満開を終え、散り際をむかえている。昼間は暑いが、朝夕はまだ冷え込む。クスリ漬け年金生活者は、その母92の命にて舞鶴港へ向かっていた。空港からは京都交通...
ベント

日本人の10人に1人

ついに来るべき時が来てしもうた。「日本人の10人に1人は80歳以上」この衝撃的なニュースが昨日から日本中を飛び交っている。年金財政破綻もより現実味をおびて来た。医療が発展をとげ、皆が健康長寿を全うするのは素晴らしいことのはずなのだが、そうは...
ベント

翔んだ庭の復元事業 03

こちらも台風で被害を受けたあと、手をこまねいていたわけではない。そこのところはわかってほしい。台風直後から造園会社6社に復元を依頼するが、見積もりに来てくれたのはわずか1社だけ。あとは「何か所からも依頼があって、忙しくて手が回らない」「首里...
ベント

翔んだ庭の復元事業02

なかなか帰らない。いつまでもチャイムを鳴らし、しつこい。このチャイムがやっかいで電源OFFのスイッチがない。だから鳴り続ける。あまりにもうるさくて近所迷惑だから警察に電話しようと思ったが、もう来ているじゃん。しばらくしてチャイムが止まった。...
ベント

翔んだ庭の復元事業01

最大週間風速70mカーヌンに吹き飛ばされた庭の復元事業がやっと始まった。首里城の復元事業は既に始まっているのに。もうあれから一か月以上も経ってしもうた。その間、土ぼこりは舞い、枯葉や枝は吹き飛び、雑草は伸び放題。飛ばされた防草シートは空高く...