ダイハツミラと年金生活者

クルマ

やがて就職先が宮古島に決まると、ファミリアは那覇新港から平良港へとまた海を渡った。夜明けを待って朝6時に平良港に入港した。東京から何千キロ走ったことになるのだろう。沖縄はラジエターに不凍液はいらない地だ。思えば遠くに来たもんだ。そしてファミリアは大野山林で力尽きた

ダイハツミラ軽自動車なのによく走る。そのころの軽は550CCで、まだターボ車なんて出ていなかった。でも狭い宮古島で乗るなら、これで十分だ。軽自動車だから初めて新車が買えた。白いミラは夜に映えた。夜勤にはもってこいの車だった。教育委員の時代を過ごした。

ミラ9年目の車検を受けるほどに長く乗り続けることが出来た。と言うか、9年間は宮古島から出られなかったからね。不便を感じることはなかったな。そして1995年に沖縄本島の那覇に転勤。今度は車両だけを船に乗せて、那覇新港ミラを待った。

もう離島をむすんでいた貨客船はすでになくなり、離島への足は空路のみの時代に入っていたのだ。税金、維持費は安かったが、さすがに大都会。那覇ではノンターボの軽自動車では、やはり力不足だった。特にクーラー全開での急な登坂はきつかった。

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