岸壁の年金生活者 3

1945

ひっきりなしに、丸太満載した大型トレーラーが何台も横をかすめていく。なんと舞鶴地方引揚援護局のあった敷地は、ベニヤの大工場と化しているではないか。跡形もない。工場からは白煙があがり、あたり一帯かぐわしい木の匂いが漂っている。その先だ。500メートルも歩いた頃だ。引揚桟橋が見えて来たぞ。

なんとも懐かしい。あのころよりだいぶ短くなってしもうたが、実在した。現在は、引揚船は来ないのでこの桟橋は使用されていない。当時に思いをはせ、帰らなかった御霊を弔うために、が設置されている。想いをこめて3回鳴らせ訓示がある。3回鳴らした。

父・兄をここで迎えた家族がひっきりなしに訪れている。皆、万感の想いを込めて鐘を鳴らし招霊の碑に手を合わせる。そして泣いている。あの「岸壁の母」の舞台ともなった悲劇の桟橋である。「母は来ました♪ 今日も来た♪ この岸壁に♪ 今日も来た♪ とどかぬ願いと知りながら♪ もしやもしやに♪ もしやもしやに♪ ひかされて♪♪」

『また引揚船が帰って来たに。今度もあの子は帰らない。この岸壁で待っている、わしの姿が見えんのか。港の名前は舞鶴なのに、なぜ飛んで来てはくれんのじゃ。帰れないなら大きな声で、お願い、せめて、せめて一言…』 「呼んで下さい♪ おがみます♪ ああ おっ母さんよく来たと♪ 海山千里と言うけれど♪ なんで遠かろ♪ なんで遠かろ♪ 母と子に♪♪」

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