新木場ルノワール

シゴト

マニュアルでは10分前に到着して、なるべく奥のボックス席を確保せよとの指示。待つこと10分。調査部門の情報通り店は混雑していなかった。定刻にターゲットが来店相手が一人であることを確認する。「相手が複数の場合は契約は難しいので早めに切り上げろ」とのマニュアル。アポイントは原則当日しか指定しないのも、相手が単独で来る事を狙ってのことだ。真面目そうな学生だった。だから少しでも就職のために力になってあげたいと思った。

トレーニングした通りいきなり商品を紹介するのではなく、コーヒーが来るまで、たわいもない話題から切り出して、うまく相手の情報を聞き出す。ここでいかに多くのセールスに有力な情報を聞き出すかが勝負。それからゆっくりと商品の説明に入る。「ボイスオブアメリカはご存知ですよね。あれは当社の…」あの繰り返し練習した文言だ。

今モニターキャンペーン中でして、選ばれたあなただけに特別価格で提供出来るんですよ…」ドキドキだったが、なんとか最後まで説明し終えた。それから質問や疑問に、ていねいに相手の身になって答えて行く。ここでさっき得た情報が役に立つのだ。私はなぜかこの時、商品を売りたいというよりも、なんとか語学力をマスターして就職に少しでも有利になればと思っていた。まだ商品を売って利益を得た経験がなかったから、純粋であったのかもしれない。

そして一番のハードルである50万円という価格の説明だ。相手も学生で慣れていないから、説明の途中でいきなり価格を聞いて来るようなことはしない。マニュアルでは価格は相手が十分に興味を示してから提示することになっている。それも決して50万円とは口にしない。「一日一杯のコーヒー代を節約するだけで、手に入れることが出来るんですよ。それくらいだったら出来ますよねえ」と説明する。相手も「それ位なら出来ます」とだれでもうなずく。

コメント

タイトルとURLをコピーしました