闇夜の巡視

セイシンカ

閉鎖病棟の夜勤はこの世とは別世界。ある事件が起こった。患者が睡眠中に顔を足で押しつぶされて瀕死の重傷を負ったのだ。1時間ごとの巡視では防げない。スタッフはただ詰所の中にいたのでは、病棟の奥で起こったことはわからない。近くで目撃した患者の通報で、なんとか止めることが出来たのだ。

会議が持たれ対応が検討された。ただスタッフの安全も考慮した上での対策だから、決定的ないい案など出るはずがない。経験のある何名かのスタッフは、婦長(当時の名称)には内緒で、独自の対策で事件の再発を防いだ。潜入捜査である。婦長は立場上、最後まで絶対に許可しなかったが、無視した。

経験あるスタッフは、深夜勤の時は病棟内に密かに潜伏し、空いているベッドで様子をうかがうことにしたのだ。夜勤では白衣は着けない。だから消灯後、誰がスタッフで誰が患者かわからない。病棟内で耳を澄ませていれば、誰が起きて動いているのか、何をしているのか手に取るようにわかる。これなら再発は防げる。あとは自分の身の安全の確保である。いつ顔を踏みつけられるかわからない。

私は両隣りに、仲の良い気の知れた不眠患者を、横にならせてボディガードとした。私の身に危機が迫った時には、大柄で強そうな一人はその名のとおりボディガード、もう一人は詰所まで走って知らせる手はずとなっていた。さらに潜伏に気づかれないように、もう一人の患者をタバコで雇い、私の代わりに1時間毎に懐中電灯をもたせて巡視させたのだ。これで完璧である。この対策は「闇夜の巡視」と名付けられ、今でも続いている。やはり閉鎖病棟の夜勤は別世界なのだ。

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