非常招集

セイシンカ

非常招集がかかった。病棟に緊張が走る。週休、年休おかまいなしに全員が招集される。明けのスタッフは仮眠後、病棟に出勤するよう指示が出される。措置入院したばかりの男性患者のエスケイプ(逃亡)だ。夕食のコンテナを運び入れる際、女子スタッフを押しのけてエスケイプしたのだ。自傷他害のおそれのある患者を、街中へ逃がしてしまったのだ。たいへんなことになってしまった。地域住民に危険がおよぶことも十分考えられる。さすがの院長も登場した。警察にも連絡し協力体制をとる。

主治医が長となって詰所とは別室に対策本部が設立される。婦長(当時の名称)が入口に「エスケープ緊急対策本部」と習字で書かれた張り紙を張り付けた。マニュアルに婦長の仕事として、規定されているらしい。なんだか何度も何度も使われて来たみたいで、四隅に画びょうのあとが無数にあり、用紙自体が黄色く経年劣化している。「そろそろ作りなおさなくちゃね」と婦長が言った。そして慣れているらしく、患者家族諸機関に連絡を入れていた。

行政にも協力を求め、担当の精神相談員も駆けつけてくれた。作戦会議が開かれた。主治医がまず患者の現在の精神状態を説明。入院に至ったまでの経緯や行動歴へと続く。市街地図が中央に置かれ、病院、自宅、友人宅、周辺の飲み屋、レストランとパチンコ店とマークされていく。そしてスタッフ二人一組として、それぞれの捜索範囲を振り分ける。危険度レベルⅤと主治医が判断した。

危険度レベルⅤとは「精神運動発作がきわめて強度で予想外の行動が予測されるため、発見しても追尾にとどめ、巡査が到着するのを待って確保せよ。」とのマニュアルである。主治医を本部に残し、みな一斉に夜の街へと捜索に向かった。

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