092孝子 古河から大宮へ

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092幽体孝子は昭和06年(西暦1931年東京都麻布で父と母恵美子長女として生まれた。しかし暗い年だった。知っての通り昭和06年といえば、あの満州事変勃発した年だ。忘れもしない09月18日、関東軍満州武力占領計画を実行するために、満州鉄道路線爆破したのだ。時の関東軍司令官本庄繁はこれを中国側の行為として、全軍に総攻撃命令を出したのだ。

だから092孝子は、満州事変勃発と日本がファシズムへと突き進む年に生を受けたことになる。092年前の大日本帝国は今のロシアと同じく侵略戦争を始めたのだ。「歴史は繰り返す」まさにそのものだ。今は中国をさんざん非難しているが、それ以上の酷いことを、日本は中国に犯しているのだ。関東軍防疫給水部0731部隊(石井部隊)などはその代表である。中国人捕虜マルタと呼び死ぬまで人体実験を繰り返した。そして絶命するまで人体実験は終わらなかった。

しかしその残虐な行為は戦後も裁かれることはなかった。秘かに米国は、その人体実験結果提供することを条件に幹部らを無罪にしたのだ。何が正義か、もうわからなくなってしもうた。反省せねばならぬことが山ほどある。中国人からしたら腹が煮えくりかえってから飛び出したことであろう。それから中国米国を心の底から憎んでいる。そして今「一帯一路」という復讐計画着実に進んでいる。我が日本はどちらの味方をするべきか?まだ米国の言いなりか。

父、は大日本帝国海軍大佐まで上り詰めた人だった。だから裕福な家庭で092孝子は育てられた。しかし海軍大佐であるため異動も多く、横須賀、呉、朝鮮、満州と引っ越しを繰り返したのである。そして当時は単身赴任などなく家族で移り住んだ。引き上げ後は古河に住んだが、孝子、次女昭子東京方面へ勤めることになり、利便のよい大宮へ家族で移り住んだのである。

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