その悲劇は昭和初期の大宮市盆栽町の電気屋で発生した。クスリ漬け年金生活者は、毎年夏休み、あるいは冬休みになると母の実家の遊びに行っていた。実家の近くで、母の弟が電気屋を開業していた。そこに泊まって過ごした。電気屋なので遊ぶおもちゃには困らない。ライトがついたり、ラジオが鳴ったりと珍しいものばっかりだった。
そして夏のある晩、その悲劇は起こった。当時の蚊対策は蚊帳と蚊取り線香だった。その金鳥の蚊取り線香を、金具ごと幼い足で踏み抜いてしまったのである。あたりは騒然となった。幸いなことに動脈は損傷を免れた。昭和初期の蚊取り線香は金鳥一択であった。今のようにベープマットは開発されていない。
渦巻き状の緑色の蚊取り線香の先端に火をつけるのである。一晩かかって燃え尽きる仕組みだ。なんと、贅沢にも純国産でオーガニックの除虫菊から作られていた。瀬戸内がその産地だったらしい。箱には金属製で組み立て式のスタンドが入っていて、その頂上に渦巻きの中心を固定する。燃えると灰になって落ちる。
それを深夜にスタンドごと踏み抜いたのだ。貫通ことしなかったものの重症だ。その時代、救急車は地方小都市には配備されていなかった。呼ぶ電話すら身近にないのだ。当然24時間体制の救急センターなどあるはずもない。母の弟が抱きかかえて、近隣の開業医を何件もまわりたたき起こして診てもらった。
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