そして碓氷峠線にかわり、1997年10月1日長野新幹線が開業する。この開業は翌1998年開催の、長野冬季オリンピックへのアクセス向上も見据えたものであった。その結果、いままで3時間余を要していた東京-長野間の所要時間が、最速約80分にまで短縮されたのだ。
同時に在来線の信越本線は、一部区間が第三セクターへ移管されるなど、沿線の鉄道網も大きく再編された。新幹線車両は「あさま」として、かつての名称を引き継ぎ、東京〜長野間を運行した。開業当初はE2系新幹線電車が投入される。区間は東京・上野・大宮・高崎を経て軽井沢、長野へ至るというものだ。
そして、難所となる碓氷峠は登らずに、トンネルで貫いたのだ。それが有名な碓氷峠トンネルだ。碓氷峠トンネルは、北陸(長野)新幹線の安中榛名駅と軽井沢駅の間に位置する長大トンネルである。急峻な碓氷峠を、高速鉄道で越えるための中核施設であり、高崎〜軽井沢間の急勾配区間を支える重要なインフラなのだ。
トンネルの全長は約6.1km。建設時には、火山地質(安山岩・凝灰岩など)や湧水にも苦労した難工事であった。EF63が「機械で坂と戦った時代」なら、こちらは「土木技術で山を消した時代」と言える。それでも、この碓氷峠トンネル付近では、約22kmにわたって30‰(パーミル)の連続急勾配となっている。これは、日本の新幹線でも特徴的な線形である。

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