追憶碓氷峠 32

タビ

この事故では、EF63・EF62合わせて4両、合計約300t以上の機関車が脱線・転落して大破した。乗務員3名脊椎骨折などの重症を負ったが、なんとか命だけは取りとめることが出来た。これだけの大事故では、まさに奇跡的と言われている。では、この事故が残したものとは何か? 

実はこの事故を契機にEF63の厳重な安全装置の多くは、さらに強化されたのである。例えば、①過速度検知装置(OSR)の設置 ②保安装置の強化 ③運転取扱いの見直し  などがあげられる。では、それ以前はどうだったのか? アプト式時代(1963年以前)には、脱線事故や運転トラブルはあった。

しかし、「ブレーキ故障による本格的な暴走事故」として語られるのは、やはり1975年のこの事故が代表例である。 鉄道史的に見ると興味深いのは、EF63は「絶対安全」の機関車として生まれたのではなく、一度大きな失敗を経験し、その教訓を取り込んで完成形になったという点である。

そのため1997年の碓氷峠線廃止までの約22年間、EF63が牽引・補機を務める営業列車では、1975年事故のような暴走転覆事故は発生していない。鉄道ファンの間では、この1975年事故は「66.7‰という勾配の恐ろしさを改めて示した事故」として今も語り継がれている。

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