食べられたヤギ

セイシンカ

毎年秋になると5匹いたヤギがなぜか4匹に減る。収容者の一人がそれに気づいていた。彼は60代前半の男で15年近く入院している。そして朝、昼、夕と必ずヤギ小屋まで行き、何匹いるか声に出して数えているのだ。15年間一日も欠かさずに。そして毎年、病棟の秋祭りの前日の夕方に一匹減るのを知っていた。

その日彼は決まって不穏になる。「ヤギがいない。ヤギがいない。一匹足りない」奇声ともとれる大声を発し机を蹴り飛ばしたり、破壊行為にまで及ぶこともある。そして祭り期間中は落ち着かず不穏で、保護室に収容されて過ごす。一度も秋祭りには、まともに参加したことがないという。普段はヤギの草刈りはもちろん、ヤギのめんどうを人一倍みている心優しい患者なのだ。今年もまた、彼のヤギへの優しい愛情を、無残にもみんなで裏切る日が来てしまった。

今年は私が当番だった。患者を全員庭から病棟に入れ、気づかれないように目当ての一匹を小屋から出してトラックに載せる。以前は病棟の裏庭で潰していたのだが、今は保健所がうるさい。屠殺場まで運び、その日のうちに解体処理してもらう手はずとなっている。やがて、あたりが薄暗くなったころ、取りに行く。

戻ってくると、大先輩が庭で大鍋2つをマキを燃やして沸かしていた。これから一晩かけて煮込むのだ。真っ赤な炎をあげてグツグツ音がする。患者とスタッフが一緒になって、赤と白の横断幕を張ったり、やぐらの骨組みを組んだりしている。今夜はみんな徹夜だ。患者も真っ赤な炎のまわりで踊り明かす。だれかが、民謡のカセットを流した。また、限りなくファンタジーな世界の幕開けだ。

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