そして、横川側にそそり立つ、巨大なレンガ造りの蓄電池室。ここには「312個もの蓄電池」が設置されていた。停電にそなえたものか? 実はそうではない。電気機関車の登坂時の電力供給には、丸山変電所の「450kW回転変流機 × 2基」だけでは不足だったのだ。
当時の電気機関車ED42時代は、「4両重連」が基本で運転されていた。1930年代での、典型的な車両編成は、軽井沢側:ED42×1両、客車・貨車、横川側:ED42 ×3両 というものだった。EF63の3468馬力に対し、ED42は694馬力と非力だったのだ。
つまり、合計4両のED42で1本の列車を挟むように連結していたのである。資料では、ED42は1両あたり1時間定格出力510kW(694馬力)、ラック区間での定格引張力14,000kgとされていた。ED42の4両重連を動かすためには、「450kW回転変流機 × 2基」以外に電力が必要だったのである。
そこで312個の蓄電池の出番となる。列車があまり通らない時間帯に、変電設備から電力を受けて、蓄電池を充電しておく。そして電気機関車が峠を登る時に、蓄電池から放電して不足した電力を補うのだ。この仕組みは、急勾配の碓氷峠ならではの電力需要に対応するための工夫であった。

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