海外の例を見てみると、ヨーロッパでは廃止された山岳鉄道を、観光鉄道・保存鉄道 として残す例がある。碓氷峠も、「交通手段」ではなく、「鉄道遺産」としてなら世界級の価値があったのだ。しかし実際は残らなかった。なぜ実際には残らなかったのか?
最大の理由は、「新幹線開業と同時に鉄道設備を分離する必要があった」ためだ。JR東日本から見ると、横川~軽井沢を残すと、保守責任・安全管理・設備更新 の負担が続く。一方で第三セクター側には、「高コスト・低需要路線」が渡されることになる。このため、自治体も慎重になったのである。
碓氷峠線を「観光鉄道化」することは、十分に成立する可能性はあった。また特にEF63の保存運転に関しては、世界的に高い観光価値を有していたと結論付けされる。つまり、「横川~軽井沢は交通インフラとしては時代を終えたが、観光資源としては非常に価値が高かった」と言える。
個人的に鉄道史の観点で最も惜しいのは、廃止そのものよりも、碓氷峠を越える現役営業路線として、EF63+電車の組み合わせが後世に残らなかったことである。この区間を観光鉄道として残すために、110億円を投入する価値があったのではないか? F-35Bが一機164億円だ。それを日本はためらいもなく何機も米国から買っている。決して躊躇する金額ではあるまい。

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