アプト式時代(1893年~1963年)のあと、碓氷峠越えには新線が使用されることになる。ここで活躍したのが、“峠のシェルパ”とよばれる、EF63系の電気機関車である。特別急行あさまの11両編成が、ほぼ1時間おきに高崎方面から、ここ横川駅に入線する。横川駅では特急にはめずらしく4分も停車する。
あさま11両編成の後方に、EF63を2両連結するためだ。乗客は決してこの4分間を無駄にはしない。我先にとホームに出る。横川名物の「峠の釜めし」を買い求めるためだ。特急は窓が開かない。だから窓越しに買うことが出来ない。だから、我先にと、人を押しのけて急いでホームに出る。
ホームには、そのあわてた乗客に対応するために何人もの売り子がいる。ちなみに、そのころの高崎駅名物は「だるま弁当」だった。だが、横川の「峠の釜めし」には遠く及ばない。その「峠の釜めし」は、重たい益子焼の釜に入ったまま売られている。醤油ベースのだしで炊いた茶飯の上に9種類の具材で構成される。
主な具材は次からなる。・うずらの卵・栗の甘露煮・ごぼう・椎茸・筍・ 鶏肉・杏(あんず)・グリーンピース・紅生姜 さらに「香の物」として・きゅうり漬け・ごぼう漬け・小なす漬け・小梅漬け・わさび漬け などが添えられているのだ。あんずは長野の名産。釜めしの値段は当時500円だった。

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